夜寝る前はいつも明日の朝ごはんのメニューを考えながら寝る。

「明日は白米に味噌汁に納豆に、鮭なんかも付けよう」

ダメダメだった一日こそ入念に考え、
明日すばらしい朝食を美味しく食べている可愛い自分を想像しながら眠る。

納豆を混ぜる時意味もなく混ぜた回数をカウントし、ふわふわと米の上に流し
もしくは納豆を先に口の中いっぱいに含んでから米を口に詰め込む。
味噌汁のしょっぱい出汁の香りと鮭の香ばしい香り。

それらを繊細に、大げさに美化して想像する。
そうでもしないと泣いてしまうような深い夜ほど
あからさまに爽快な朝が待っていたりする。


朝ごはんのメニューを考えずに寝落ちしてしまった夜があった。
頭をリセットできていないので、気分も体も重い朝だった。

朝というより、昨晩の憂いの延長でしかなかった。

コーヒーをいれる気力もなく、セブンコーヒーに頼ろうとセブンイレブンへ。
新作スイーツをチェックし「なると金時芋団子」を手に取る。

食欲というよりも、ただ仕方なく胃を満たすしょうもない食事になる予感だった。
「ああ、今日はきっとダメな日だ」

そして目に入ったものが「金のバターロール」だった。

金のバターロール


え!!!!!
金シリーズ新作出てたの!?
しかもバターロールーーーーーー!?!?!?!?

知らなかった。
凱旋パレードを行うべき新作をどうしてこんな静かに陳列できるのか。
ここがブラジルだったらただじゃ済まないレベルだぞ。

ブラジルじゃなくてよかったな。
これは絶対に買わなければならない。
さもなくば死ぬ。

さっきまで感傷に浸っていたロマンチックな私はそこにいなかった。
頭の中には最高の朝食が想像されていた。

「バターロールとセブンコーヒーは最高だろうな。
牛乳があるからホットミルクにしてもいいかもしれない。」

「テレビは付けず、BGMにnever young beachをかけよう。」


私の身体はしっかり朝を体感していた。
もう尾ひれのように付いていた昨晩の憂いは切れていた。

レジでコーヒーと芋団子、バターロール。
そして大好きなハッピーターンを出した時、目の前に広げられた光景を見てめまいがした。

家ですぐにトースターにバターロールを入れ、900W1分30秒で焼く。

金シリーズのズルいところは焼き時間や温め時間の少なさ。
ここまで手を加えることが無いと、不安になってしまうのに
本当に何もしなくていいところがズルい。

「あなたはただ突っ立ってぼーっとしておけばいい」
という、放置される優しさをまさか食品で実感するとは。

普通こういうのって恋人から受けるものだと思っていたから。
お父さんお母さん、私は東京で色々なことを教えられています。

そうしている間に焼き上がり、一口食べるとなるほど美味しい。

もはや はしゃぐことなどない。

美味しいということが大前提なので実食前からすでに100点満点始まり。
そして実食後も減点無しでしっかり「美味しい」と心から思えることがどれだけ素晴らしいことか。


期待というのはいつもしすぎる方が傷つく。
期待させる状況や環境で、歯止めの聞かない期待感を抑えずに

「はあ、、、期待通りだった」と言い切れたことがあるだろうか。


まるで上質なホテルで食べるバターロールのようだった。
生地から香るバターはもちろん、外に塗られたバターの味が最高だった。
口の中でバターが舞い、嗅覚でもバターを感じ、そしてバターロールそのもののおいしさ。

こちらの無駄な感情が入る隙もない。


ふたつ入りを買ったのでもう一つは切れ目を入れ、間にバターを挟み
すこし長めにトースターへ入れた。

そして熱く焼きあがりカロリーを増したバターロールに
さきほど一緒に買ったなると金時芋団子のペーストされた芋だけを塗り
大きく口を開けて食べる。

もう、すべてが最高…!
溜息が出るおいしさだった。

濃厚さを増したバターロールに
さつまいものこくのある甘さが加わり、大好きな味に化けた。
(そもそもなると金時芋団子のポテンシャルがめちゃくちゃ高い)


「ティファニーで朝食を」という物語があるが
私のティファニーは完全にここだ。

熱いコーヒーと、美味しいパンにネバヤンのBGM。
「今日は、良い一日になりそうだな」
と希望の朝をアホみたいに純粋に、嬉しく受け止めた。

今夜落ち込んでいる誰かの頭の中に
この朝食メニューが浮かぶことを願う。

そしてその悲しみも今夜で終わることを祈る。


明日の朝には慰めが待っているから、今日はおやすみなさい。